Powered by masanoriKATO
  
  
   Register now on mysite.com!    Login  
ホーム インフォメーション 加藤昌範の世界 文献 作品資料一覧 問い合せ


| RSS |
  
投稿者: 読売新聞 投稿日時: 2007-02-02 01:47:00 (2062 ヒット)

読売新聞記事
土岐市肥田町に学童疎開した洋画家加藤昌範さんのリトグラフ4点が同市に寄贈されることになり、妹の松月嘉子さん(71)(東京都狛江市)と郡山美恵さん(65)(神奈川県鎌倉市)が18日、土岐市役所を訪れ、塚本保夫市長に目録を手渡した。作品は加藤さんの未完の絵巻物「100物語」から制作された。同日午後から肥田公民館に展示された。
加藤さんは1935年、中国・天津市に生まれた。東京で暮らしていたが、空襲が激しくなったため、43年9月、父・幸夫さんの実家である土岐市肥田町に疎開した。


投稿者: 中日新聞 投稿日時: 2007-02-02 01:22:00 (1930 ヒット)

中日新聞記事
阿佐ヶ谷学園(東京)の元理事で洋画家の故加藤昌範さんの妹二人が十八日、土岐市に加藤さんの作品のリトグラフ四点を寄贈した。加藤さんが太平洋戦争中に父親の実家がある同市肥田町に疎開していたことから実現した。

加藤さんは、一九三五(昭和十)年、中国生まれ。四三年からに年二ヵ月の間、疎開生活を送った。その後、東京芸術大学を卒業し、阿佐ヶ谷美術専門学校で講師を務め、退職後は長野県伊那市で絵画の新手法研究に没頭。二〇〇三年に六十八歳で亡くなった。


投稿者: 岐阜新聞 投稿日時: 2007-02-02 00:53:00 (1839 ヒット)

岐阜新聞記事
土岐市にゆかりのある画家故加藤昌範さんのリトグラフ作品の寄贈式が十八日、市役所で行われ、遺族らが塚本保夫市長に四点を手渡した。(村本みどり)

加藤さんは一九五九(昭和三十四)年、東京芸術大学専攻科を修了。阿佐ヶ谷美術専門学校(東京都)などで後進の育成に努める傍ら、絵巻物の制作やデッサンなどに没頭した。


投稿者: 瀬木慎一(美術評論家) 投稿日時: 2007-01-21 21:26:29 (2103 ヒット)

一人の画家は、自分の見た、感じた、思った世界を描く。とはいえ、自分自身を描くことは、自画像以外にはほとんどないものである。
この画家も、そうだったのだが、ある時期から、自分の生きた時代を描くことに専念した。それが「100物語」という形で進行し、あるまとまりとなった。
それは単純な日録でなく、回想による記録としてなされている点に特色があり、絵画形式による一種の「自分史」である。


投稿者: 郡山美恵 投稿日時: 2005-09-19 03:15:00 (2255 ヒット)

未完成のまま逝ってしまった、兄にしか判らない残された多くの資料?学習作品を読み解き、今日の展覧会を迎えて下さいました知人・アソシエイターの皆々様方の御努力に、私達姉妹は申し上げる感謝の言葉もございません。

いったい生前の兄は、この多くの知人・アソシエイターの方々が、膨大な時間を無料奉仕で御働きくださいました、この愛情に答えたおつきあいをさせて頂いたのでしょうか。


(1) 2 »




License Information |  Privacy Policy |  Faq |  Contact


Powered by Masanori KATO © 2006 Masanori KATO  |  Design by Takayoshi Tsuchiya